全国小津安二郎ネットワーク

小津監督を巡る文献・資料

山内静夫『八十年の散歩』(2007年11月31日発行、冬花社、291頁)

「去年今年」(107-109頁)
※一部抜粋する。「十年前の没後三十年の年も、いろいろなイベントが行われたが、その頃から全国の小津監督のゆかりの地、例えば小津監督の生れた江東区深川、小学、中学時代を送った伊勢松坂、代用教員をしていた飯高町、脚本執筆にために一年の半分近く過ごした茅ケ崎や蓼科高原、そして晩年の十年間を母親と二人で暮した鎌倉などから、小津映画にもっと光を当てようという熱心な人々の輪が広がると共に連繋を結び、全国小津安二郎ネットワーク会議なるものが生れたことも特筆に価する。そして、ビジネスとは言え、それらすべてをコントロールし、この二〇〇三年の一年間、小津ブームをまき起こした松竹の担当セクションの努力にもまた拍手をおくりたい。」(108頁)と小津ネットにも言及頂いている。
「身辺瑣事」(138-141頁)
※古石場文化センターの活動に言及されている。
「二つの映画祭」(174-177頁)
※二つの映画祭とは、蓼科映画祭と飯高町の「オーヅ先生を偲ぶ集い」のことである。小津ネットに言及頂いている部分を抜粋する。「小津生誕九十年(一九九三年)の頃より、その生誕地深川の長谷川武雄氏を中心に、全国小津安二郎ネットワーク会議(会員一九七名)というものが組織され、小津生誕百年のビックイベントを支える大きな力となったが、柳瀬さんはその仲間に加わり、ネットワークの人々や松竹の関係者、小津映画出演の俳優さんらに呼びかけ、飯高町へ一生懸命誘った。高齢の柳瀬さんの情熱が多くの人を動かした。」(176頁)

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