全国小津安二郎ネットワーク

小津監督を巡る文献・資料

『週刊平凡』第一巻第三十三号(1959年12月23日発行、平凡出版、104頁)

表紙:ビンボー・ダナオ、淡路恵子
「今週のハイライト 貞二のこない誕生日 33才になった佐田啓二」(97―99頁)
※一部抜粋する。「12月9日夜、高橋貞二が死の5分前までいたという横浜の小さなバーで、ささやかな誕生パーティーがひらかれていた。この日あつまったのは、33回目の誕生日を迎えた佐田啓二と益子夫人、それに二人の結婚式の媒酌人をつとめた小津安二郎監督とたった三人だけ‥(写真は高橋貞二の墓標の設計図を見る小津監督と佐田啓二)」(97頁)、「夜になって小津先生が横浜のマスコットへこいというので、女房とでかけていった。貞二が好んでいったバーで、事故の起こる五分前までいたバーだ。僕は十二月九日生れ、貞二はたしか一月二十日で、彼と僕とは四十日ぐらいの年齢差だった。いつもきまってほろ酔機嫌でやってくる彼は、僕の誕生日と知ってきたくせに、「なーんだ貫ちゃんの誕生日か‥」などとトボケた顔で言っていたものだ。マスコットにいても、いまだに貞二が半身になってドアを押してくるんじゃないかと、そんな気がしてしょうがなかった‥」(98頁)
「ギターを弾く佐田啓二、マンドリンを弾く小津監督、益子夫人」、「シルクハットの小津監督と益子夫人」、「シルクハットを佐田啓二に被せようとする小津監督」、「誕生日ケーキの前の佐田啓二、益子夫人、貴恵子ちゃん」のショット

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