全国小津安二郎ネットワーク

小津監督を巡る文献・資料

『聚樂館週報』No.35(1941年12月25日発行、神戸新開地聚樂館、4頁)

「構想三年戦塵の中になほも消えやらぬ名匠小津の秘材遂に結晶。
小津伝統はここいまた素晴らしい映画藝術を完成した!
父ありき
「父ありき」ができるまで
日本映画屈指の名匠小津安二郎の戸田家の兄妹」に次ぐ帰還第二回作品である。この脚本は、彼が出征前に、池田忠雄、柳井隆雄の二人と協力して書き上げたものであったが、日々変貌する社会情勢は、も早四年前のこの脚本を両びとりあげることは夢物語に近いやうな気持で、どうしても改稿する必要があった。それならば、きれいさっぱりと全部を捨て去ってしまへばいいと云えば云えるのであるが、父親の在世中はとかく父親の情愛に甘へて親孝行がおろそかになり、父親死して始めて親の恩、親の有難さを知るといふ父と子の愛情の切々さに小津安二郎の人間性が断ち難い愛着を持っているから、この「父ありき」の脚本も全部捨て去るに忍びないのであろう。この点からみると、前作の「戸田家の兄妹」に於いては、裕福な家庭であったが、「父ありき」の家庭は、あれ程裕福でなく、而も、没落しない、サラリーマンの家庭として描かれている。小津安二郎の小市民もの、それが時代の洗礼を受けて現代の一風景としてお説教するのでなく、極めて自然さをもってわれわれの胸を打つに違いない。今度の「父ありき」も、やはり池田忠雄と柳井隆雄の二人が協力している。主演には佐野周二が選ばれることになったが、戦場において、この二人がゆくりなくも邂逅したときに、「無事で帰れたら、二人でやろう」と誓い合った言葉が、今ここに実現するのである。」

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