全国小津安二郎ネットワーク

小津監督を巡る文献・資料

『映畫之友』第十巻第四號(1932年4月1日発行、映畫世界社、136頁)

表紙:川崎弘子
筈見恒夫「映畫月旦」(52頁)
※この文章の冒頭は次のようである。「この不振を見よ。松竹も、日活も、新興キネマも、一二の例外を除くと駄作連発だ。」小津安二郎への言及は次の通りである。「松竹にしても、決して、今良い条件で仕事をしているわけではないらしい。紅葉山人が知らなかった化粧品を新釋した「金色夜叉」、五日間?で出来上がった「情熱」、小津安二郎の「春は御婦人から」-最後の作品の場合には、殊に撮影所の条件が全体をスポイルしたに違いない。大學は出たけれど、落第はしたけれど、-この二つのモチィーフが前に小津安二郎の言わんとするところを強く生かした。就職難の世相が持っている矛盾を、春風のように、朗らかな感触で包容しようとする小津安二郎の意図は、しかし思い切って貫き通せなかった理由がある。つづく‥」

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