『日活画報』(1939年11月1日発行、日活画報社、44頁)
「田坂具隆・小津安二郎対談會 つちとへいたいをかたる」(28-30頁)
※「東京朝日新聞(1939年8月16、17、19、20、22各夕刊)に掲載されたものを全文転載したものである。
田坂具隆監督「戦争映画ってむづかしいものだ。戦場へ行ってみないときは割に平気で作れたが、一度行って百日も見てくると、むつかしくて撮るのは怖い、知らぬが仏というのは矢張り勇敢なものでね、僕は杭州の方から南京に行き、九江から船で漢口へ行き、その少し奥まで行ったが、部隊にも色々あってどういう部隊を標準にしてよいのか分からない。同じように日本の兵隊といっても、あれは君、随分違うところがあるね。戦場の模様にもよるだろうが‥
小津安二郎監督「違うね。それは確かに生活振りに色々変化がある。しかし内地で考えている兵隊と現地で見る兵隊が第一随分違うだろう。例えば戦場では飯を食う時でも皆シャツ一枚や肌脱ぎで食っている。そういう姿をみていると、我々でもちょっと兵士か何かわからなくなる。しかし、そういう兵隊がひとたび隊形を整えたとなると忽(たちま)ちピリツと見違えるように立派な兵隊になって終う。ああいう所もふしぎなものだ、君の「土と兵隊」の時俳優たちに訓練をつけてから出発したのか」