『シナリオ』通巻200号(1965年1月1日発行、シナリオ作家協会、218頁)
津村秀夫「「小津安二郎を偲ぶ会」の記」(104-105頁)
※冒頭を引用する。
「三十九年(ママ)十二月十二日が命日だが、歳末のことでもあり、くり上げて五日の土曜日の夜東京会館で催した故人追悼の集りには、百五十人もの映画関係者が集まった。
中には、故郷伊勢の旧制中学時代の個人の友人も三人ほど馳せ参じ、東京在住のクラスメートも四、五人来ていられた。
私のテーブルには、お招きした故人の実弟小津信三さんご夫妻も千葉県野田市から上京され、私はその盛大な会場の光景を見まわしながら、「やっぱり小津安二郎の人徳のたまものか」と感服した。
と、同時に昭和三十一年(一九五六年)八月、京都府立病院で他界した溝口健二のことも思い出された。溝口の死んだ翌年の夏は、私はたまたまヴェネチアの映画祭に出席するため準備に忙殺されていたので、故人の薫陶を受けたお弟子筋の俳優や友人十数名を集め一夕の夕食会をひらいたのみだ。それが、「溝口会」のはじまりになったが、公の追悼会はまだやっていない。ささやかな溝口会は毎年の夏、命日の夕べに集ることになっているが、三十九年の夏は、銀座の「はちまき岡田」でめしを食った。十二人ほど集まった。
この「溝口会」のはじめか二度目には、故小津安二郎も参会して溝口の代表的傑作は何かなどと論じていた。彼はまたミゾさんの口真似をすると実にうまいもんだった。」