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小津監督を巡る文献・資料

小津安二郎を巡る関連文献・資料

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1954年の関連文献・資料

1954
『映画評論』第11巻第1号(1954年1月1日発行、映画出版社、154頁)

杉山平一「東京物語」(69-70頁)
冒頭を確認しよう。
「私は小津安二郎、山中貞雄の作品を見るたのしみで、映画と離れられなかった。「これが映画だ」とさえ思いこんだ時期があった。それが、戦争末期の動乱と戦後の混乱の風潮に、女子供ほどでなくともかなり私自身巻き込まれてしまって、変わり映えのしない小津作品に「晩春」を除いては一再ならず不満を覚えるようになった。
 今「東京物語」を見て、かなり安心を覚えた。戦後に浮き上って見えた生活のない遊びや気障っぽさが、ここでは沈潜して最も得意とする親子関係の宿命の表現への力となって生活と人間の実感を打ち出してきたのは大変うれしい。」

『映画情報』通巻第十九号第一号(1954年1月1日発行、国際情報社、頁表記なし)

表紙「香川京子」
「映画監督の一頁略傳(その四) 律気で硬派な下町育ち 潔癖なひと 小津安二郎」(最後から二頁目)

『伊那旭座週報』(1954年1月15日発行、伊那旭座)

日本映画の最高水準 
一年一作の名匠‥小津安二郎監督がまたも放つ珠玉の芸術篇!!
文部省特選に輝く 東京物語

この映画が如何に優れた名画であるか?
この名画に寄せられた数々の栄誉をみてもわかります。
一、芸術祭第一位入賞作品
一、キネマ旬報選出ベストテン入選!
一、NHK選出ベストテン入選
一、都民映画コンクール入選
一、全映画批評家・全文化人、各紙挙って激賞!
27日より2日まで百万人が感動する最高の名画鑑賞会 ★主催上農高校同窓会

『松竹映画目録 自昭和20年~至昭和29年』(1954年2月発行、松竹株式会社、64+16頁)

22年「淑女は何を忘れたか」(7頁)
22年「長屋紳士録」(8頁)
23年「風の中の牝雞」(14頁)
24年「晩春」(19頁)
26年「麥秋」(30頁)
27年「お茶漬の味」(37頁)
28年「東京物語」(46頁)

「第14回都民映画コンクール」(1954年2月5日、東京都教育委員会、東京新聞社)

第14回都民映画コンクール
1954年2月5日 日比谷公会堂
主催 東京都教育委員会、東京新聞社
後援 文部省、東京都、日本映画連合会、日本放送協会、東京都興行組合

第14回都民映画コンクール入賞作品の紹介
「にごりえ」スタッフ、キャスト、梗概
「東京物語」スタッフ、キャスト、梗概

『心』第7巻第4號(1954年4月1日発行、生成會発行、平凡社販売、87頁)

「座談会 風俗と流行」石川欣一、戸川エマ(文化学院)、小津安二郎、松下省二(三越常務取締役)、武原はん(舞踊家)、辰野隆(58―64頁)

『カメラ毎日』創刊号(1954年5月1日発行、毎日新聞社、193頁)

小津安二郎・石川欣一「カラーは天どん 白黒はお茶漬の味 カメラ対談」(148―152頁)
※田中眞澄編『小津安二郎 戦後語録集成 昭和21(1946)年ー昭和38(1963)年』(1989年5月1日発行、フィルムアート社、493頁)に収録されているが、小見出しや挿入写真のキャプションは、全てカットされている。小見出しは、以下の通りである。「ホリの深い外人の顔」、「撮影前に”修正”する」、「カメラの位置のこと」、「国産カラーフィルム」。挿入写真は、4枚、一枚は、小津監督と石川氏が向かい合ったカット、二枚は、小津監督がカメラ撮影しているカットで、そのうち一枚には「十年ぶりだが、ライカを持ちなれた手にキャノンのポーズも堂に入ったもの」のキャプションがある。もう一枚は、小津監督が煙草を持って会話しているカットで、ここには、「『月刊ライカ』の静物写真をほめられてテレくさそうな小津さん」というキャプションがある。

『映画評論』第十一巻第六号(1954年6月1日発行、映画出版社、146頁)

神田貞三「小津安二郎論」(78-79頁)

『主婦と生活12月号付録 姿態美をつくる美容仕立の新しい和裁読本』(1954年12月1日発行、主婦と生活社、246頁)

小津安二郎「着せてみたいきもの 結城らいさんとしわのない白足袋」(77頁)

冒頭を引用する。「日本の着物で、何と言っても好きなものは結城。若い娘さんから、四十がらみの奥さんまで、しゃっきりと着こなしている姿は、好みとしては、ずいぶん渋いものですが、好きですね。」

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