表紙:水戸光子(松竹)、高峰秀子(東宝)
「佐野周二と小津安二郎」カット(34頁)
「第一線に立つ人に寄せる」(36-42頁)
岸松雄「小津安二郎」(41頁)
ぼくらの友達仲間の会話によく「さむらい」という言葉がつかわれる。「あいつは何といってもさむらいだよ」とか「どうもさむらいらしくないね」とかいう具合である。さむらいというものは、由来、金や名利に恬淡として、節操のかたく、従って世間の尻馬に乗って旗色のいい方に味方するなどという輩とは断然類を異にする。その意味で、小津安二郎は、疑いもなく、さむらいの中のさむらいである。
支那各地を転戦すること三年、めでたく帰還した時も、自分からすすんで戦争の話ひとつしたことはなかった。ただ黙々と、まるで戦場のセの字も知らないような顔つきをして、留守中の映画界の話に耳をかたむけている小津安二郎を見るたびに、これはやはりさむらいでなければ出来ない振舞いだと思った。むろん、評判の戦争小説を映画化しようなどという意見には毛頭なれない。「戸田家の兄妹」「父ありき」と相変わらずの小津安二郎らしさのなかに作家的成熟を加えてきた。そのひとがいよいよこんど戦争映画を撮るのだ。しかも、ビルマまで行ってだ。題して「はるかなり父母の国」というどういうものかまだわからないが、少なくとも小津安二郎が自分からすすんでやるといい出した以上よほどの確信があってのことに違いない。‥
「映画時事川柳」(67頁)
「遥かなりビルマの旅は男連れ」(小津作品「遥かなり父母の国」は佐野周二、笠智衆以下男優ばかり。
「撮影所通信」(94頁)
松竹大船 小津安二郎ー「父ありき」に次ぎビルマ攻略の力闘を描く「ビルマ作戦・遥かなり父母の国」を秋山耕作、斎藤良輔共同の下に脱稿、いよいよ現地ロケから撮影を開始することになりました。配役は相原伍長ー佐野周二、足立軍曹ー笠智衆、渡邉上等兵ー坂本武、宮本中尉ー西村青児、黒川上等兵ー長尾寛、池内上等兵ー油井宗信、山口一等兵ー小藤田正一、間宮一等兵ー志村久、長島一等兵ー藤松清太郎などで、長期ロケに赴くスタッフは、監督部ー小津安二郎、秋山耕作、鈴木潔、山本浩三、塚本芳夫、撮影部ー厚田雄春、井上晴二、小杉正雄、内藤一二、衣装ー斎藤耐三、小道具ー中村二郎、普通写真ー長谷川康治の諸氏です。
表紙:「開戦の前夜」木暮實千代、上原謙
一面広告「ビルマ作戦 遙かなり父母の国(假題)
日本映画界が生んだ最高の作家小津安二郎。彼は支那事変に欣然応召し、戦野に於いて壘を犯し砦に迫ったあの感動を、帰還して三年のこんにち「遙かなり父母の国」に爆発させるのである。新生ビルマ再建とビルマ作戦の激烈さを劇化し、至高雄大の構想、完璧無類の配役陣を得てここに壮観の大劇映画を完成せんとす。ロケ隊一行は勇躍現地ロケに向かい、早くも全映画界期待の的となっている。」
「撮影所通信 東京 松竹大船撮影所 小津安二郎演出の「ビルマ作戦・遙かなり父母の国」は、渡南の準備を進めていたが、佐野周二が一身上の都合により出演不能となったため、脚本の改定を行うとともに、代役の銓衝を急いでいる。」(50頁)
表紙:「幽霊大いに怒る」高峰三枝子・澁谷實監督
小津安二郎「今年はこれも実行する 一年は短すぎる」(72―73頁)
※『ビルマ作戦、遥かなり父母の國』以降、何を撮るかについてのアイデアを披露している。「戸田家の兄妹」の続編などについても語っている。
早乙女武『僕の長期戦 笠智衆は語る』(78―79頁)
※「近く、ビルマにお立ちになるんですね。」「ええ、小津先生の『遥かなり父母の國』で出かけます。」「どんな役なのですか?」「足立軍曹というんです。」
「製作短信 松竹大船 小津安二郎監督の「ビルマ作戦遥かなり父母の國」(決定題名)のスタッフおよびキャストが決定された。」(115頁)
表紙:「若き日の歓び」原節子
芸談「眞木潤、笠智衆、渋谷實、岸松雄」(46―49頁)
「昭和十七年度第三回日本映画雑誌協会映画賞作品決定 第二位 父ありき」(53頁)
装填:小津安二郎
「父ありき」(3‐160頁)
「戸田家の兄妹」(163‐411頁)
池田忠雄「後記」(413‐14頁)
※初版はハードカバー版である。
昭和十八年三月五日印刷
昭和十八年三月十日発行(2000部)
「人間山中貞雄」(21―28頁)
「シナリオ時評(7)『父ありき』小津・池田・柳井」(293―298頁)
「父ありき」17日より(1頁)
「昭和十六年度ベストテン第一位作品 戸田家の兄妹 演出 小津安二郎 俳優 梗概」(2頁)
「昭和十七年度ベストテン第二位 「ハワイ・マレー」に次ぐ名作 小津安二郎演出 乞御期待」(3頁)
「★江戸川放送 名匠小津が昭和十六年度第一位「戸田家の兄妹」昭和十七年度には「父ありき」が「ハワイ・マレー」に次ぐ第二位作品と放って大松竹の誇りを益々高めた‥」(4頁)
昭和十八年七月十五日 三版印刷
昭和十八年七月二十日 三版発行(2000部)
昭和十八年九月一日 四版印刷
昭和十八年九月五日 四版発行(3000部)
表紙:「生きている孫六」原保美、上原謙
「撮影所通信 東京(11月1日現在)松竹大船撮影所 小津安二郎監督は、次回作品の脚本執筆中。」(22頁)
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