全国小津安二郎ネットワーク

小津監督を巡る文献・資料

有馬稲子『バラと痛恨の日々 有馬稲子自伝』(1995年11月7日発行、中央公論社、235頁)

「思い出の映画」(60―81頁)
※一部抜粋する。「映画女優だったころ、数多くの名監督についたが、とりわけ小津安二郎監督のことが強く印象に残っている。今井正監督も厳しい方だが、それとは違う意味で、小津監督も仕事に厳しい方だった。昭和三十二年に、原節子さん、笠智衆さんと「東京暮色」に出演し、翌三十三年の「彼岸花」では、大映から山本富士子さんを迎えて共演した。小津組のセットというのは、まず他と空気が違う。ピーンと緊張していて、それこそしわぶきひとつしない。ほかの監督さんの場合だと、ライトマンが大声で怒鳴っていたりするものだけど、ここは実に静か。手まね、足まね、ジェスチャーで合図を送っているという感じだった。小津先生はカメラに映るお茶碗ひとつ、コップひとつにもこだわって、どれを使うかなかなか決まらないことがあった。あるときなど、ご飯をいただくシーンの器が気に入らなくて、スタッフがわざわざ東京の小料理屋さんまで借りに行くことになり、それでその人の撮影が中止になったことがある。」(60―61頁)

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