全国小津安二郎ネットワーク

小津監督を巡る文献・資料

『映画新潮』第2巻第6号(1951年11月1日発行、河童書房、42頁)

表紙:イングリッド・バーグマン
「名匠・小津安二郎」(8頁)
※麦秋を演出する小津監督のカット5、小津監督ポートレート
小津安二郎「映画への愛情に生きて」(15-17頁)
※一部抜粋する。「『麦秋』は『晩春』に一番よく似ているわけですが、自分としては、あの中で何を出してみたいかといえば、これは果たしてできるかできないかは分からないけれども。とにかく、劇的なものを減らして、表現されているものの中から余情というものが何となく溜ってきて、そういうものが、つまり一つの物のあわれになり、それがこの映画をみたあとで、たいへんあとくちのいいものになる-というようなできればいいと思って、やりはじめてみたのです。もっとも、それはでき上ってみて、写真にそれが出ていなくては何にもならないことだし、完成した上でないと何ともいえない話なのだけれども、狙いはそういったものなのです。つまり写真に十分芝居を盛りあげてゆくのでなくて、七分目か八分目をみせておいて、そのみえない所が物のあわれにならないだろうか、というのが狙いで。これが面白くゆけば、ぼくは将来そういったものを撮ってみたいし、またもし今度うまくゆかないならば、勉強し直して、どうやったら今後それがうまくゆくかを考えてみるつもりなのです。くり返していうようだが、つまり、小説なんかでいえば、行と行との間のニュアンスというか、とにかく感情をむき出しにして噛み合ってゆくというのでなしに、どこかで、何となく、そういうものを味わえるもの-ということなのです。だから、題材は、自分自身としては割合にぼうけんしているつもりなのです。もっともいままでにもそういうことが全然なかったとはいえないけれども、とにかく、もうそろそろそういうものを出してもいいのではないか、という気持でやっているのです。(考え考え、ぽつりと語り、またぽつりと語り、という調子。)(15頁)
※この「麦秋」の最後の追い込み時に、昼飯どき門前の食堂でインタビューした記事は、自分のこれからの映画について、小津監督がたいへん丁寧に質問に答えているものである。
「『麥秋』広告 憂愁ただよう人間詩情!貴品高き大傑作」(裏表紙裏)

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