2022.07.02
『映画ファン』第12巻第4号通巻第128号(1952年4月1日発行、映画世界社、118頁)
「傑作の生れる静かなお部屋」(56-57頁)
次回作の構想をねっておられる小津安二郎監督と野田高梧氏を、茅ケ崎館に訪れました。
※冒頭を引用する。
そっくりそのままで
東京から西へ一時間半ちかく東海道を下ると茅ヶ崎です。一月末のうら枯れた夕暮れ近い道を、駅から海岸に向って二十分ほど歩くと、海岸近く松籟に包まれて茅ケ崎館という旅館が、静かに横たわっております。古びた物静かな旅館ですが、夏は海浜に遊ぶお客さんたちでさぞ賑わうだろうと思わせます。
去年、『麥秋』の構想をねっておられる小津、野田両氏をお訪ねしたのも兆度今時分だったなと思いあわせながら案内を乞うと、長い廊下を渡った一番奥まった部屋へ通されました。
この部屋は、やはり昨年お伺いした時、おふたりがおいでになられたのと同じところ、部屋の模様もまるで同じです。八畳の間の真中に据えられた机の上に、茶碗や皿やの食器をはじめ、ウイスキー、調味料、食料品、例えばざるの中に入った卵のたぐいなどが雑然と置かれてあります。これらの雑然さも全く同じ‥。
ぼくらから見ればたいへん乱雑なこの机も、小津監督の頭の中にはそれなりにキチンとした無秩序の秩序といったものがあるらしく、
「そこんところに栓抜きがあった筈だが。」とか、
「その横に茶碗があるだろう。」とか、さながら掌の上をさす如しといった言葉そのままに、机の上のものの配置をチャンと知っておられるようです。