2022.06.19
『丸』第十七巻第三号通巻二〇二号(1964年3月1日発行、潮書房、240頁)
吉田一「銀幕の巨匠・小津安二郎との奇妙な交友記 若き日の小津安二郎監督を偲ぶ」(148-149頁)
※冒頭を引用する。
私は、ペンをとるまえに、まず、亡くなられた小津さんの霊に対し、つつしんで弔意をささげます。
昭和二年のデビュー作「懺悔の刃」いらい、昨秋の「秋刀魚の味」にいたるまでに、数々の映画を製作された彼ではあったが、私の知るかぎりでは、彼の作品のなかに、戦争の臭いさえかぎだすことはできなかったし、また、彼の人がらのなかに、戦争と結びつけるなにものも見いだせなかったが、彼もまた、日本の一国民として、まぬがれようもなかった宿命に、一兵士として、戦野をかけめぐっていた時代があったとしても、けっして不思議ではなかろう。
昭和十四年三月、中支江西省の戦野で、私は、軍人としての彼と、苦渋の幾日かをすごした思い出がある。
彼が死去されたと聞いた私の胸に、とっさに思い浮かんだのは、彼の作品でもなければ、巨匠小津監督の姿でもなく、江南の戦場で見かけた小津軍曹の面影であり、それは私の長い従軍生活のなかでも、もっとも忘れがたい思い出の数カットだ。