全国小津安二郎ネットワーク

小津監督を巡る文献・資料

小津安二郎を巡る関連文献・資料

2007年の関連文献・資料

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書誌情報
2007
『考える人』NO.19 2007年冬号「特集 小津安二郎を育てたもの」(2007年2月1日発行、新潮社、247頁)

「小津のセルフポートレート」(18-19頁)
「『東京物語』の家族写真」(20-21頁)
「『戸田家の兄妹』撮影スナップ」(22-23頁)
「小津安二郎略年譜」(24-25頁)
「こんな本を読んでいた」(26-27頁)
「すっきり粋が小津好み」(28-29頁)
「買いものが好きだった」(30-31頁)
「小津好み①不朽のミューズたち」(32-35頁)
「小津好み②こだわりの色彩とデザイン」(36-37頁)
「小津好み③小津映画を支えた男たち」(38-39頁)
「小津好み④グルメ手帖と夜食」(40-41頁)
山内玲子「『小津映画』は会話のなかから生まれた」(42-44頁)
山内静夫「映画監督より人として、高みを目指して生きた。」(45-47頁)
小津ハマ「家族みんなをあたたかく包みこむ人でした。」(48-51頁)
「キーワードで読む 小津安二郎の生涯、キーワード①大好きだから、家族を描いた。②思いっきり、スポーツと読書。③中学生のように、仲間を愛した。④月給とりと遊興精神。⑤戦争という体験の遺したもの。⑥大事なことは、かならず人から学んだ。⑦なんでもないことは流行に従う、重大なことは道徳に従う、芸術のことは自分に従う。」(52-65頁)
橋本治「太陽と笠智衆 あるいは小津安二郎敵年代記」(66-73頁)
「なぜ小津安二郎は生涯独身を貫いたのか」(246-247頁)

高橋世織編著『映画と写真は都市をどう描いたか』(2007年3月28日発行、ウェッジ、206頁)

蓮實重彦「無声映画と都市表象-帽子の時代」(65-94頁)
※「都会を表象するソフト帽」「都会と地方の落差の消滅」において小津映画に言及している。

中村明『小津の魔法つかい-ことばの粋とユーモア-』(2007年4月10日発行、明治書院、239頁)

「一 逸話が語る小津安二郎」(5―14頁)
「二 小津映画の美意識」(15‐34頁)
「三 口癖の詩学」(35―50頁)
「四 描き出される人物像」(51―62頁)
「五 季節に満ちてくる、哀感、喪失感」(63―72頁)
「六 時代の気品がただよう」(73―86頁)
「七 なつかしい響きを追って」(87―106頁)
「八 会話の芸を味わう」(107―120頁)
「九 述べ尽くさないたしなみ」(121―134頁)
「十 かみあわない楽しさ」(135―146頁)
「十一 表現の”間”の働き」(147―156頁)
「十二 くりかえしと堂堂めぐり」(157―170頁)
「十三 気の利いたせりふ、ことばの粋」(171―184頁)
「十四 コミカルな笑いに乗って」(185―198頁)
「十五 エスプリとアイロニー」(199―214頁)
「十六 人間味あふれるユーモア」(215―236頁)
「あとがき」(237―239頁)

『下町情報誌 深川』176号(2007年4月25日発行、クリオ・プロジェクト、70頁)

「特集 小津安二郎ゆかりの深川を歩く」(13-21頁)
「小津安二郎を育んだ原風景を探して 生誕の地、明治小学校、両親が眠る陽岳寺‥。小津作品の原点でもある深川一丁目を起点に、長谷川武雄さんの案内で、彼の足跡をたどってみた。」
※見出しは以下の通り。「当時の面影を残す路地裏」、「湯浅屋にあった小津稲荷」、「明治小学校と陽岳寺」、「そして深川との別れ」、「小津の味が詰まった門前町」、「幾度となく訪れた深川八幡」、「小津ファンのメッカ、古石場」
「地図 小津安二郎誕生の地を歩こう」(21頁)

新藤兼人『いのちのレッスン』(2007年5月1日発行、青草書房、252頁)

「謙譲の人、小津安二郎」(137―140頁)

『助六』vol.7(2007年6月7日発行、二玄社、121頁)

「巻頭特集、器、ちょっと好き」
「小津安二郎が愛した京焼の湯飲み」(32-35頁)

『POSITIF』No.557-558 (2007年7月発行、158頁)

「Mizobuchi,Ozu,Naruse 」

『週刊日本の100人 NO.87 小津安二郎』(2007年10月9日発行、32頁)

「ライフ&タイム 珠玉の名画を送り出した比類なき映画人の60年}(4―13頁)
「ヒューマンエピソード 粋を愛し人を愛した 江戸っ子気質のダンディー」(14―15頁)
「クローズアップ 世界映画史に残る傑作『東京物語』の秘密」(16―19頁)
「人物スクランブル 小津安二郎人物相関図」(20―23頁)
「後世への遺産 映画づくりの名人が世界に与えた静かな衝撃」(24―27頁)
「評伝アラカルト 小津安二郎考」(28-29頁)

山内静夫『八十年の散歩』(2007年11月31日発行、冬花社、291頁)

「去年今年」(107-109頁)
※一部抜粋する。「十年前の没後三十年の年も、いろいろなイベントが行われたが、その頃から全国の小津監督のゆかりの地、例えば小津監督の生れた江東区深川、小学、中学時代を送った伊勢松坂、代用教員をしていた飯高町、脚本執筆にために一年の半分近く過ごした茅ケ崎や蓼科高原、そして晩年の十年間を母親と二人で暮した鎌倉などから、小津映画にもっと光を当てようという熱心な人々の輪が広がると共に連繋を結び、全国小津安二郎ネットワーク会議なるものが生れたことも特筆に価する。そして、ビジネスとは言え、それらすべてをコントロールし、この二〇〇三年の一年間、小津ブームをまき起こした松竹の担当セクションの努力にもまた拍手をおくりたい。」(108頁)と小津ネットにも言及頂いている。
「身辺瑣事」(138-141頁)
※古石場文化センターの活動に言及されている。
「二つの映画祭」(174-177頁)
※二つの映画祭とは、蓼科映画祭と飯高町の「オーヅ先生を偲ぶ集い」のことである。小津ネットに言及頂いている部分を抜粋する。「小津生誕九十年(一九九三年)の頃より、その生誕地深川の長谷川武雄氏を中心に、全国小津安二郎ネットワーク会議(会員一九七名)というものが組織され、小津生誕百年のビックイベントを支える大きな力となったが、柳瀬さんはその仲間に加わり、ネットワークの人々や松竹の関係者、小津映画出演の俳優さんらに呼びかけ、飯高町へ一生懸命誘った。高齢の柳瀬さんの情熱が多くの人を動かした。」(176頁)

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