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小津監督を巡る文献・資料

小津安二郎を巡る関連文献・資料

1963年の関連文献・資料

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書誌情報
1963
『週刊朝日』第六十八巻第一号通巻二二七四号(1963年1月4日発行、朝日新聞社、142頁)

「ジャンプ’63 映画監督小津安二郎 自宅客間(鎌倉)」(7頁)
※撮影企画によれば、明治以降の日本が迎えた卯年は、いつも危機感に満たされた年であった。そこで、それ以前の卯年のようにならないように、むしろうさぎが大きく跳躍できるような年にしたいと願い、このグラビア企画を練った(94―95頁)とある。そして、109人がジャンプし、67枚の写真が掲載された。巻頭は、衆議院議長清瀬一郎。続いて、東大総長茅誠司、東本願寺裏方大谷智子、奈良女子大教授岡潔、柔道銃弾三船久蔵、作家獅子文六、画家前田青邨に続いて、7頁目に小津監督が掲載されている。実は、この企画にはモデルがある。フィリップ・ハルスマンの『JUMP BOOK』(1959年)という写真集。アメリカの高名な政治家、実業家、学者、芸術家、俳優、女優など、例えば、ニクソン大統領やサルバドール・ダリ、マリリン・モンローなど各界の大物たちがジャンプする姿178点が収められている。小津監督の写真撮影エピソードについて、「小津監督は、二年前、野球をやっている時にアキレス腱を切ったことがあるよしで『飛べるかな』と言いながらも、軽くポンポン飛ばれました。小津監督の十八番である低い角度からの写真ですが、お気に召しましたでしょうか」(97頁)と結んでいる。

『芸術会員 小津安二郎氏を祝う会 小津安二郎監督作品年表』(1963年2月13日発行)

日本映画史に燦然たる、不滅の金字塔を打ち樹てた、名匠・小津安二郎監督、30余年の足跡!
代表作品場面集、小津安二郎監督の略歴

『週刊平凡』第五巻第九号(1963年2月28日発行、平凡出版、132頁)

「巨匠最良の日 芸術院会員/小津安二郎を祝う会」(18―19頁)
「岡田茉莉子、小津安二郎、若尾文子」、「中井貴恵ちゃんと小津監督」4ショット
※一部抜粋する。「映画界で初めて芸術院会員となった小津安二郎監督を祝う会が、二月十三日夜、東京赤坂のホテル・オオクラで開かれた。これは日頃、小津氏となじみ深い先輩、友人、門下生などが発起人となってお祝いしたもの―永田大映社長、城戸松竹社長、シナリオライター野田高梧、作家久保田万太郎氏はじめ、笠智衆、佐田啓二、岡田茉莉子、若尾文子、佐久間良子、鰐淵晴子らかけつけた参会者は約五百名」

『婦人倶楽部』第44巻第3号(1963年3月1日発行、講談社、422頁)

「対談 小津安二郎・岩下志麻 先生どうして結婚なさらないの
 六十を迎えてなお独身の小津安二郎監督に岩下志麻さんが聞く独身の秘密
 早春のあたたかい陽射しのふりそそぐここ北鎌倉の小津監督邸の庭先で、結婚について語り合う小津監督と岩下志麻さん」(144-147頁)

『dデザイン+デコラ』第5号(1963年4月30日発行、住友ベークライト株式会社・デコラ事業部、92頁)

小津安二郎「映画セットで思うこと」(70-71頁)
冒頭を引用する。
「時価何百万円もするという絵をむりして借り、その日の撮影が済むと銀行にあずける。昔だったらそれほど高価なものを借りないでも、美術部のものが泥絵具かなんかでごまかした所だったが、近頃は観客の眼が肥えてきたから、ほんの数秒のシーンのためとはいえ、やっぱり本物をつかわなければならない。あまり長い間ライトに輝らすので油がとけてくるうではないかとまで心配しながら。」

毎日名画鑑賞会第35回招待券『秋刀魚の味』(1963年11月15日発行)

毎日名画鑑賞会第35回招待券『秋刀魚の味』
主催:毎日新聞開発KK
後援:スポーツニッポン新聞社

『週刊平凡』第五巻第五十四号(1963年12月26日発行、平凡出版、132頁)

「今週のハイライト 巨匠逝く/ありし日の小津さん」(18―19頁)
※「日本映画界の最長老である小津安二郎監督が十二月十二日午後零時四十三分、頸部悪性シュヨウのため、入院中の東京医科歯科大附属病院で死去した。小津氏は大正十二年松竹蒲田撮影所に入社、昭和二年『懺悔の刃』で監督になり、以来サイレント、トーキー時代を通じて、『戸田家の兄妹』、『晩春』、『麦秋』、『彼岸花』、『秋日和』など多数の名作を発表したが、昨秋の『秋刀魚の味』が遺作になった。同監督の作品は格調高いリアリズムを守り、”小津調”とうたわれた―この秘蔵写真はよき酒徒であった同氏が佐田啓二邸でおどけたときのものである。」(18頁)

『サンデー毎日』第四十二巻第五十三号通巻二千三百三十七号(1963年12月29日発行、毎日新聞社、118頁)

表紙:水上勉、池田勇人、山本富士子、長嶋茂雄、江利チエミ、故ケネディ米大統領、依田郁子、海老原博幸、坂本九
「おやじ小津安二郎はもういない(佐田啓二の看護日誌)」(12―17頁)
※見出しのみを拾う。「ガンでなくなった大監督の最後の企画はガンに苦しむ人の物語だった」、「ハレモノを退治するまでは」、「首に針を入れ一週間」、「ガンをテーマの『大根と人参』」、「吸いのみにブランデー一滴」、「苦痛の声が玄関にも」、「”およめさんもらえばよかったよ”」、「柩は山道のもみじを踏んで」

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