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小津監督を巡る文献・資料

小津安二郎を巡る関連文献・資料

1930年の関連文献・資料

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書誌情報
1930
『キネマ・ニュース』No.118(1930年1月1日発行、影繪社、198頁)

一面広告「結婚學入門 センチメンタルワイフ改題 大熊敏雄現作 野田高梧脚色
小津安二郎監督 茂原英雄撮影 栗島すみ子 龍田静枝 奈良眞養 高田稔 齋藤達雄」(156頁)

『裏切り義十郎 結婚学入門 影法師』(1930年1月5日発行、末廣座、1頁)

「蒲田の至寶 栗島すみ子、高田稔、龍田静江共演 結婚学入門 センチメンタルワイフ改題」

『いけぶくろ・むさしの』第百九十八號(1930年1月5日発行、池袋武蔵野館、6頁)

「センチメンタルワイフ改題 結婚學入門 鬼才小津安二郎監督全力傾注大傑作 明星栗島すみ子大熱演 (近日大公開ご期待あれ)」(4頁)

『キネマ旬報』No.354(1930年1月21日発行、キネマ旬報社、124頁)

表紙:メリー・ノーラン
「高田稔 小津安二郎監督「朗らかに歩め」より」(85頁)
岡村章「主要日本映画批評 結婚學入門」(105頁)
「撮影所通信 松竹蒲田通信(1月14日調査)小津安二郎氏は、既報通り「朗らかに歩め」を高田稔、川崎弘子主演の下に監督中である。」(108頁)

『帝國館ニュース』No.50(1930年2月22日発行、浅草帝國館、12頁)

「緊張と魅惑に終始する大都会の暗黒街奇譚 朗らかに歩め 小津安二郎監督熱血傾注大傑作名篇」(9頁)

『道頓堀朝日座』(1930年3月1日発行、道頓堀朝日座、4頁)

「松竹キネマ蒲田春季二十大作品、”朗らかに歩め” 暗黒街映画 高田稔主演、川崎弘子助演、小津安二郎監督」(1頁)

『三人吉三 朗らかに歩め 赭土 1940年』(1930年3月1日発行、末廣座、1頁)

「緊張と魅惑に終始する大都會暗黒街奇談 朗らかに歩め 小津安二郎監督熱血傾注稀有の豪華版」

『ASAHIZA NEWS』NO.11(1930年3月8日発行、朝日座、6頁)

「蒲田撮影所超特作映画”朗らかに歩め” 
 原作:清水宏
 脚色:池田忠雄
 監督:小津安二郎
 撮影:茂原英雄
 配役・解説」(2頁)

『金澤松竹館週報』第四百二十二號(1930年3月14日発行、4頁)

「近日上映の燦爛篇 緊張と魅惑に終始する大都会の暗黒街奇譚 朗らかに歩め 小津安二郎監督熱血傾注大傑出名篇」(4頁)

『キネマ旬報』No.360(1930年3月21日発行、キネマ旬報社、102頁)

表紙:シャロン・リン
西川英一郎「編輯部・選・寄書欄 『朗らかに歩め』-小觀-(賞)」(50頁)
岡村章「主要日本映画批評 『朗らかに歩め』」(78頁)
「日本各社撮影所通信 松竹蒲田通信 小津安二郎氏が「朗らかに歩め」に次いで着手するものは蒲田脚本部の合作になるものから野田高梧氏が脚色した『女性に栄光あれ』と内定している。配役は未定であるがキェメラマンは茂原英雄氏である。」(96頁)

『Shochikuza NEWS』第二巻第十號(1930年3月27日発行、札幌松竹座、8頁)

「次週六日より公開 松竹キネマ蒲田本年度超特作 結婚學入門 鬼才小津安二郎監督 明星栗島すみ子主演 再び現れたり小津安二郎によるデリカシイそのもののような心境物春の映画界に「戀愛第一課」とともに十分「映画的な」これを得たファンの喜びは何に比すべきでせうか。蒲田物特有のトーン、小津物らしい好ましさ役者たちののびのびした動き―「戀愛第一課」同様皆様にこの味を味わっていただきとう思います。」(7頁)

『週刊ウヘノ』第百卅二號(1930年4月4日発行、上野廣小路鈴本キネマ、4頁)

「朗らかに歩め 九巻 松竹蒲田春季廿大作品の二」(3頁)

『日本映画年鑑ー第五年版ー』(1930年4月15日発行、東京大阪朝日新聞社、164頁)

「松竹映画 會社員生活」(40頁)
「小津安二郎 日本にその昔のアール・C・ケントンが生れた。ひと頃のエディ・サザーランドが再生した。蒲田の小津安二郎、オッちゃん、彼が昭和四年度に発表した「若き日」、「大學は出たけれど」、「會社員生活」、「思い出」等の諸作は、どれもこれも特種のスマートネスと都会人的ユーモアと近代人的情感とにいみじくも飾られていたのだ。日本にこの種のシネアストの生れる日を只管に待ち焦がれていたファンの一部は、モダン・ボーイ「オッちゃん」小津安二郎に満腔の謝意を表する事を忘れてはならない」(83頁)
※同ページには、もう一人、清水宏について書かれている。
中代富士男「昭和三年四年度 日本映画界 四年度日本映画界 各社各説 松竹 蒲田映画の本年度における最大の収穫は、小津安二郎監督の出現である。『思い出』から『會社員生活』に至るまでの進展は目覚ましい。」(136頁)

『KABUGIZA NEWS』(1930年4月17日発行、KABUGIZA、4頁)

「松竹蒲田特作品 落第はしたけれど
 脚色 伏見晃
 原作監督 小津安二郎
 撮影 茂原英雄
 配役 梗概」(2頁)

『新宿松竹館週報』(1930年4月18日発行、新宿松竹館、8頁)

「落第はしたけれど 配役・梗概・説明」(4頁)

『キネマ旬報社』No.363(1930年4月21日発行、キネマ旬報社、104頁)

表紙:ベティー・カムプスン
「日本映画紹介 落第はしたけれど」(79頁)
「撮影所通信 松竹蒲田通信(4月15日調査)小津安二郎氏は「落第はしたけれど」を完成し、一時中止したる「女性に栄光あり」に取りかかった。」(97頁)

『キネマ旬報』No.364(1930年5月1日発行、キネマ旬報社、152頁)

表紙:メエリー・ブライアン
友田純一郎「主要日本映画批評 落第はしたけれど」(116頁)
「日本各社撮影所通信 松竹蒲田通信(4月24日調査)小津安二郎氏は、既報「女性に栄光あれ」を一時中止し、次回作品準備中。」(118頁)

『横常週報』第七十九號(1930年5月23日発行、横濱常設館、8頁)

「新青年・所載傑作小説 岡田時彦・八雲恵美子主演 小津安二郎監督作品 その夜の妻」(6頁)

『帝國館ニュース』No.64(1930年5月30日発行、浅草帝國館、12頁)

「鮮烈なる昂奮裡に感激溢るる愛と誠の物語 その夜の妻 小津安二郎監督熱血傾注大傑作 近日独占封切」(8頁)

『キネマ旬報』No.367(1930年6月1日発行、キネマ旬報社、112頁)

表紙:ビリー・ダブ
「日本映画紹介『その夜の妻』」(81頁)
広告「『その夜の妻』」(86頁)
「日本各社撮影所通信 松竹蒲田通信 小津安二郎氏は本作第三回作品として、オスカー、シスゴール原作、野田高梧氏脚色『その夜の妻』の制作に着手した。これは曾て新青年誌上にて好評を博せるもの、配役は周二(岡田時彦)まゆみ(八雲恵美子)みち子(岩間てる子)須田(斉藤達雄)香川(山本冬郷)にて、岡田、八雲の初顔合わせも興味の中心である。キャメラは例によって茂原英雄。」(96頁)

『帝國館ニュース』No.65(1930年6月7日発行、浅草帝國館、12頁)

「スタジオだより 小津組 岡田時彦、八雲恵美子主演『その夜の妻』の準備愈々整って撮影が開始されました。」(5頁)
「その夜の妻 小津安二郎監督熱血傾注大傑作 近日独占封切」(9頁)

『キネマ旬報』No.368(1930年6月11日発行、キネマ旬報社、112頁)

表紙:ジョーン・クローフォード
「旬報グラフィック その夜の妻」(松竹蒲田随一の新人小津安二郎が岡田時彦を主役として作った「その夜の妻」相手役は、これも岡田とは初顔合わせの八雲恵美子、期待すべき作品の一つ)(59頁)
「全面広告 その夜の妻」(74頁)
「日本各社撮影所通信 松竹蒲田通信(6月3日調査)小津安二郎氏は、「その夜の妻」撮影中。配役中みち子(岩間てる子)を市村三津子に変更した。」(88頁)

『Shochikkuza NEWS』第二巻第二十五號(1930年6月12日発行、札幌松竹座、10頁)

「名匠小津安二郎原作監督 松竹蒲田二十大作中の傑作 落第はしたけれど」
「何がこの映画を作らしたか? 監督の小津、脚色の伏見、主演の斎藤諸君の落第の会話からまづまづ 
小津「君落第したことがあるかい?」
伏見「ウウン」
小津「何て返事をするんだ、ハッキリしないじゃないか」
伏見「実は一度ばかり‥」
小津「一度ばかり?」
伏見「勿論一年につきさ」
小津「さうだろう‥でこんな物語があるんだ”落第はしてけれど”て題なんだがね落第必ざしも悲観すべからずと言った様なテーマなんだ」
伏見「落第礼讃かい」
小津「さう云っちゃいかんよ」
この時齋藤達雄登場、斎藤「落第のコトならスベテ僕に任せて貰いたいなあ」
小津「任せるよ、大いに任せるよ、これは君でなきゃ出来ない役だよ」
斎藤「一寸待って呉れ、何だかホメられた様な気がしないぜ」
伏見「で卒業生の面々は誰だろう」
小津「さてと、一渡り見わたしても撮影所にや卒業顔は少ないなあハハ‥」(9頁)

『帝國館ニュース』No.66(1930年6月13日発行、浅草帝國館、12頁)

「その夜の妻 小津安二郎監督熱血傾注大傑作」(2頁)
「スタジオだより 小津組『その夜の妻』準備全く成って撮影を始めました。真夜中から朝迄の事件ですが、同監督の克明な手法と岡田の巧みな演技は必ずや絶好のクルックプレーを成し遂げる事と信じます。最初五六巻の予定でしたが、力の入った十巻の大作となる模様」(4頁)

『本郷座ニュース』第十一号(1930年6月20日、本郷座、6頁)

広告「小津監督力作 その夜の妻」(5頁)
「(巻数制限超過のため、大學は出たけれど、一時延期、同監督獨特の名喜悲劇上映 小津安二郎監督 繊細明朗愛すべきユーモリスト 齋藤達雄主演 會社員生活」

『Shochikuza NEWS』第2巻第26号(1930年6月21日発行、札幌松竹座、8頁)

「お待ち兼ね次週大名画『幸福の星』と同時公開 『大學は出たけれど』の姉妹篇 落第はしたけれど
 1930年の尖端を行く憧れのカレッジマンの生活!ヒョロ長いの、でっかいの、コマカイの足並よろしき「五人組」の颯爽さよ!」(5頁)

『帝國館ニュース』No.68(1930年6月26日発行、浅草帝國館、12頁)

「その夜の妻 鬼才小津安二郎監督熱血傾注大傑作名篇」(2頁)
「スタジオだより 小津組『その夜の妻』の完成は目睫に迫りました-貧のためペンキ畫を描いて生活費を得ている畫家が主人公なので、撮影に巨大なペンキ畫が必要です。凝り性の同監督の事インチキなペンキ畫では満足できず、美術部の山田氏を労して製作させました。」(5頁)

『本郷座ニュース』第十二号(1930年6月27日、本郷座、6頁)

「會社員生活
 原作脚色:野田高梧
 監督:小津安二郎
 撮影:茂原英雄
 塚本信太郎:齋藤達雄
 妻 福子:吉川満子
 友人岡村:阪本武
 長男:小藤田正一
 次男:加藤清一
 三男:青木富夫
 四男:石渡輝明
 梗概」(2-4頁)
広告「大學は出たけれど」(5頁)

松竹キネマ株式會社『續々公開さる、松竹映画』(1930年7月発行、松竹キネマ株式會社、6頁)

 「その夜の妻 スタッフ、配役、梗概」
※他に、「抱擁」(清水宏監督)、「続編 母」(野村芳亭監督)、「奪われた唇」(斉藤寅次郎監督)の紹介

『KABUKIZA NEWS』NO.33(1930年7月発行、KABUKIZA、4頁)

「近日公開 蒲田特作探偵劇、小津安二郎監督、その夜の妻」(1頁)

『Shochikuza NEWS』第2巻第36號(1930年7月発行、札幌松竹座、8頁)

「突如公開の松竹蒲田大傑作 その夜の妻」(7頁)

『BENTENZA WEEKLY』3.1(1930年7月1日発行、BENTENZA、8頁)

「次週封切 松竹映画の大名編 その夜の妻」(7頁)

『映画評論』第9巻第1號「小津安二郎研究」(1930年7月1日発行、映画評論社、90頁)

関野嘉雄「心境物の破産と小津安二郎の前途」(20-24頁)
筈見恒夫「小津安二郎の小市民性」(24-26頁)
福井桂一「小津安二郎と其の作品」(26-30頁)
大塚恭一「『落第はしたけれど』」(30-31頁)
清河廣「小津安二郎作品目録」(32頁)
 

※雑誌による初の「小津安二郎監督特集号」である。この時期の『映画評論』は、毎号、特集を組んでおり、同年8月号は、「ヨーエ・マイ研究」、同年9月号は、「五所平之助研究」、同年10月号は「北村小松研究」、同年11月号は、「発声映画監督研究」、同年12月号は、「日本映画脚色家研究」である。

『新宿松竹館週報』第六巻第二十八號(1930年7月5日発行、新宿松竹館、8頁)

「鬼才 小津安二郎監督 その夜の妻 近日上映」(2頁)

『帝國館ニュース』No.69(1930年7月6日発行、浅草帝國館、12頁)

「その夜の妻」(表紙)
小津安二郎「その夜の妻」(3頁)
「その夜の妻 キャスト、配役、梗概」(4頁)

『難行苦行 相馬の金さん 其の夜の妻』(1930年7月6日発行、末廣座、1頁)

「岡田時彦、八雲恵美子、齋藤達雄、山本冬郷大競演
 鮮烈なる昻奮裡に感激溢る、愛と涙の物語り、鬼才小津安二郎監督巧妙精緻の手腕を発揮せる大名篇! 其の夜の妻」

『新宿松竹館週報』第六巻第二十九號(1930年7月13日発行、新宿松竹館、8頁)

「その夜の妻 小津安二郎監督 岡田時彦・八雲恵美子主演」(6頁)

『TOYO NEWS』NO.32(1930年7月17日発行、廣島市千日前東洋座宣傳部、4頁)

「その夜の妻 
  原作 オスカー・シスゴール
  監督 小津安二郎
  俳優・略筋」(2-3頁)

『本郷座ニュース第十五號』(1930年7月20日発行、本郷座、6頁)

「二十七日公開 その夜の妻 新青年所蔵「九時から九時まで」より翻案したもの、スリルと父性愛を巧みに織った好箇のクルック・プレイでよき心境映画を物してゐた小津監督の野心的な作品である。」(表紙)
八雲恵美子「次週上映『その夜の妻』について」(2頁)
「エロ神の怨霊 小津安二郎作品」(6頁)

『キネマ旬報』No.372(1930年7月21日発行、キネマ旬報社、80頁)

表紙:アリス・ホワイト
友田純一郎「主要日本映画批評 其夜の妻」(65頁)
「日本各社撮影所通信 松竹蒲田通信(7月13日調査)小津安二郎氏は、尖端怪談「エロ神の怨霊」の撮影に着手した。原作石原清三郎氏、脚色は、野田高梧氏、配役は左の如く決定した。山路健太郎(齋藤達雄)、石川大九郎(星ひかる)、ダンサー夢子(伊達里子)、その恋人(月田一郎)」(68頁)

『本郷座ニュース』第十七號(1930年7月27日発行、本郷座、6頁)

「エロ神の怨霊 新人小津安二郎のエロ怪談、齋藤達雄・星ひかる・伊達里子の 
 エロだ エロだ 素敵な エロだ 桃色の 夏の宵 桃色の 蠱惑よ」(6頁)

『歌舞伎座ニュース』NO.36(1930年7月27日発行、歌舞伎座、4頁)

「1930年型怪談の最先端
 原作 石原清三郎
 脚色 野田高梧
 監督 小津安二郎
 撮影 茂原英雄
 ストーリー 夜である。断崖の絶頂に二つの人影が見える。健太郎と夢子とが、今生の別れと、センチメンタルの最先端に踊る。泣く。石川が山路のアパートを訪れると、石川宛の遺書!愕いて断崖へ駆けつけ、危うく山路の一命をとり止めた。愛人のみを死なせた事はかなり山路を悩ませた。が石川の言葉に夢子が生きていると知った山路はその夜草木も眠る丑満時、モダン幽霊に早がわり。夢子の部屋はエロと鬼氣と怨霊に落花狼藉!その結果は?」(2-3頁)

『松竹館ニュース』NO.34(1930年7月31日発行、浅草松竹館、12頁)

「近日独占上映 その夜の妻」(12頁)

『松竹』第一巻第一號、八月創刊号(1930年8月1日発行、豊国社、118頁)

表紙:栗島すみ子
グラビア「その夜の妻」
八雲恵美子「その夜の妻 演出雑記」(62-63頁)
「ゴシップ全集」(88頁)※小津監督の『その夜の妻』に出るアメリカ帰りの山本冬郷
齋藤達雄「世相を穿った喜劇」(94-95頁)

『TOYO NEWS』NO.35(1930年8月7日発行、廣島市千日前東洋座宣傳部、4頁)

編輯 藤田静夫・松竹ファン聯盟同人
「松竹蒲田特作映画 エロ神の怨霊
 原作・脚色・監督・撮影・配役
 解説 平清作
 選曲 河村敏雄」(2頁)

『新宿松竹館週報』第六巻第三十三號(1930年8月8日発行、新宿松竹館、8頁)

「エロ怪談 エロ神の怨霊
 脚色 野田高梧
 監督 小津安二郎
 撮影 茂原英雄
 配役 山路健太郎 齋藤達雄
    石川大九郎 星ひかる
    ダンサー夢子 伊達里子
    その戀人 月田一郎 」(3頁)

『キネマ旬報』No.376、十一周年記念特別号(1930年9月1日発行、キネマ旬報社、204頁)

表紙:ビリー・ダヴ
グラビア「足に触った幸運」(134頁)
「日本映画紹介 足に触った幸運」(141―142頁)
友田純一郎「主要日本映画批評 エロ神の怨霊」(176頁)
「日本各社撮影所通信 松竹蒲田通信 小津安二郎氏は『足に触った幸運』撮影中。」(186頁)

『月刊映画と演藝』第七巻第九号(1930年9月1日発行、東京・大阪朝日新聞社、68頁)

表紙:カスリン・クロフォード
小津安二郎「朝鮮飴」(38頁)
※俳優の演技について述べている。

『松竹座ニュース』第二巻第三十七號(1930年9月4日発行、札幌松竹座、8頁)

「松竹蒲田特作現代映画 その夜の妻
新青年所蔵 オスカー・ゴールド原作 ”九時から九時まで”より
翻案脚色 野田高梧
監督 小津安二郎
撮影編輯 茂原英雄
伴奏選曲 山本明
説明担当 林秀峰
配役・梗概」(4頁)

『新宿松竹館週報』第六巻第三十九號(1930年9月19日発行、新宿松竹館、8頁)

「興趣満々快郎たるユーモア獨特の名篇 足に觸った幸運 鬼才小津安二郎監督
 彼の作品 ●会社員生活、●大学は出たけれど、●結婚學入門、●落第はしたけれど、●その夜の妻 等の名篇を発表して独り鬼才の名を謳われる小津監督が、再び最大の良心と細緻の技巧を凝らして作る傑作。『会社員生活』の諷刺を哀感を遥かに凌駕して現代世相の半面を深刻に剔抉し盡す。」(7頁)

『蒲田週報號外』(1930年10月)

「お嬢さん リアルコメディ映画製作には、蒲田監督中独自の境地を有する小津安二郎監督の作るもの。原作脚色は北村小松。単なる喜劇にあらず簡単なる題名の語る所、人情の真髄、生活の核心。吾人の胸に鋭く触れる何物があろう。チャップリン、ロイドの作品にその例を見得るも本邦には未だその例を見ず、監督原作者数字の鳩首によって漸く構想なれる映画界空前のリアルコメディ。」

『歌舞伎座ニュース』No.46(1930年10月、歌舞伎座、4頁)

「足に触った幸運 松竹キネマ蒲田撮影所超特作品
 原作脚色 野田高梧
 監督 小津安二郎
 撮影 茂原英雄
 物語のあらまし 郊外の小住宅に住む腰辯の古川はある朝大金を拾った、早速交番へ届けると間もなく落し主の久保井が訪れてお礼を云い三百圓置いて行った。この事件はすぐ會社に広がった。同僚の吉村老人は早速古川の許へ来て散々ほめちぎった挙句恐縮ですが十圓債券二枚買って頂けないでしょうかと切り出した。吉村の妻が十一人目の子供を近くに産むのだときいて古川も頼みを容れてやった。不時の収入で古川を取り巻く大井と山野はバーから待合へとすっかり散財させた。翌朝古川の妻は新聞で夫が大金を拾ったことを知り大喜び、然し夫の話をきき残金百七八十圓と知って柳眉を逆立てるのであった。翌日会社で課長から養鶏が儲かるから譲ろうとの話喜んだ彼は還って来た妻に話すともう金は妻が使った後であった。翌朝彼が力なく歩いていると新聞包みが落ちていた。彼はそっと拾って開いてみた。しかし残念にも中は飯粒だった」(2頁)

『キネマ旬報』No.381(1930年10月21日発行、キネマ旬報社、88頁)

表紙:ノーマ・シアラー
小津安二郎「僕のコンティニュィティの実際」(43頁)
友田純一郎「主要日本映画批評 足に触った幸運」(73頁)
「蒲田週報号外 お嬢さん リアルコメディ映画製作には、蒲田監督中独自の境地を有する小津安二郎監督の作るもの。原作脚色は北村小松。単なる喜劇にあらず簡単なる題名の語る所、人情の真髄、生活の核心。吾人の胸に鋭く触れる何物があろう。チャップリン、ロイドの作品にその例を見得るも本邦には未だその例を見ず、監督原作者数字の鳩首によって漸く構想なれる映画界空前のリアルコメディ。」(80頁)
「蒲田週報号外 足に触った幸運 所謂現代社会相の一面たる哀れな劇筋を如何に巧みに描写しているかが、この劇の真髄である。主人公は薄給の会社員夫婦で拾得した莫大な金が喜劇を生んでいく。原作脚色は野田高梧。監督は小津安二郎、徒らに低劣卑猥の傷に観客を抱腹せしめず、『明日の喜劇は須くかくなるべし』と訓へている前作『會社員生活』に匹敵する力作」(81頁)
「日本各社撮影所通信 松竹蒲田通信(10月13日調査)小津安二郎氏は次回作品準備中。」

『帝國館ニュース』No.85(1930年10月27日発行、浅草帝國館、12頁)

「スタジオだより 『お嬢さん』喜劇映画をものして喜劇映画製作に独自の境地を持つ蒲田撮影所が単なるプログラムピクチャーとしての喜劇より躍進して大作喜劇をものすることは既報の如くでありますが、愈々その準備全く成り、ユーモア物にかけて異色ある作家として北村小松原作脚色の『お嬢さん』が選ばれ監督は心境映画をものして一作毎に確実に名声を勝ち得ている小津安二郎監督がメガホンをとる事と決定しました。」((6-7頁)
「近日封切 時代の尖端を行く本邦最初の本格的大作喜劇 涙の女王栗島すみ子、岡田時彦、齋藤達雄、競演 其他オール・スター・キャスト」(11頁)

『帝國館ニュース』No.86(1930年11月1日発行、浅草帝國館、12頁)

「スタジオだより 小津監督、栗島すみ子、岡田時彦、田中絹代、齋藤達雄主演の紳士淑女一千一夜物語『お嬢さん』を本邦最初の本悪的大作喜劇たらしむべく大々的の撮影を敢行して居ります。」(5頁)
「鬼才小津安二郎監督稀有の大傑作名篇 お嬢さん」(11頁)

『帝國館ニュース』No.87(1930年11月10日発行、浅草帝國館、12頁)

「お嬢さん 鬼才小津安二郎監督大傑作名篇 近日封切」(2頁)

『帝國館ニュース』No.88(1930年11月15日発行、浅草帝國館、12頁)

「鬼才小津安二郎監督稀有の大傑作」(12頁)
牛原虚彦サイン

『新宿松竹館週報』第六巻第四十八號(1930年11月21日発行、新宿松竹館、8頁)

「お嬢さん 蒲田が全智恵を絞って作る時代最尖端の革命的本格大喜劇」(8頁)

マッチラベル『お嬢さん』(1930年12月、浅草帝國館)

「近日封切 お嬢さん 小津安二郎監督」

『お嬢さん』(1930年12月発行、浅草帝國館)

表:「お嬢さん 小津安二郎監督大傑作 」
裏:「お嬢さん 時代の尖端を行く本邦最初の本格的大作正喜劇十二巻 鬼才小津安二郎監督稀有の力作/薩南総動員 冬島泰三脚色監督溌溂たる巨豪篇」

『キネマ旬報』No.385(1930年12月1日発行、キネマ旬報社、118頁)

表紙:ロイス・モーラン
「松竹キネマ特作 お嬢さん」(カラー1面広告)(78頁)
「日本各社撮影所通信 松竹蒲田通信(11月23日調査) 小津安二郎氏は「お嬢さん」撮影中。」(94頁)

『帝國館ニュース』No.90(1930年12月4日発行、浅草帝國館、12頁)

「時代の尖端を行く本邦最初の本格的大作喜劇 堂々十巻 お嬢さん 鬼才小津安二郎監督大傑作 愈々来週封切」(12頁)

『帝國館ニュース』No.91(1930年12月12日発行、浅草帝國館、12頁)

「お嬢さん  
 原作脚色 北村小松
 ギャグマン 伏見晃
 同 ヂェームス・槇
 同 池田忠雄
 監督 小津安二郎
 撮影 茂原英雄
 配役
 お嬢さん 栗島すみ子
 岡本時雄 岡田時彦
 斉田達次 齋藤達雄
 キヌ子 田中絹代
 社会部長 岡田宗太郎
 古参記者 大國一郎
 俳優学校の校長 山本冬郷
 同教師 小倉繁
 不良マダム 龍田静江
 美青年 毛利輝夫
 その妻 浪花友子
 ダルメニヤ公爵 三倉博
 侍従長 横尾泥海男
 モダン・ガール 光喜三子
 梗概」(4-5頁)

『歌舞伎座ニュース』No.54(1930年12月12日発行、歌舞伎座、4頁)

「お嬢さん
 原作脚色 北村小松
 ギャグマン 伏見晃
 同    池田忠雄
 同    ヂェームス槇
 監督   小津安二郎
 撮影   茂原英雄
 活躍する人々
 物語のあらまし
 解説担当 」

『TOKIWA NEWS』(1930年12月12日発行、堀川常磐座、4頁)

「紳士淑女・千夜一夜 お嬢さん スタッフ、梗概」(2-3頁) 

『本郷座ニュース』第三十九號(1930年12月31日発行、本郷座、12頁)

「お嬢さん スタッフ、配役、梗概」(4頁)

『帝國館ニュース』No.93(1930年12月31日発行、浅草帝國館、12頁)

「近日封切 岡田時彦主演至藝發揮 淑女と髯 鬼才小津安二郎監督 薀蓄傾倒大傑作名篇」4頁)

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